ヤン・シュヴァンクマイエル/Jan Svankmajer

1934年、現在のチェコ共和国プラハに生まれる。
ラテルナ・マギカなど数々の劇場で舞台美術家・演出家として活躍した後、1964年、クラトゥキー・フィルムプラハ(トルンカ・スタジオ)で、フリーランスのディレクターとして、オブジェクト・アニメーション(人形、粘土、日用品などを使った立体アニメ)を撮り始める。

ルドルフU世にオマージュを捧げた『自然の歴史』や『対話の可能性』など、数々の優れた短編を撮り、当時の共産党政権化でブラックリストにのりながらも、国外の映画祭で圧倒的な評価を受け、活動を続ける。

1987年には初の長編『アリス』を撮り、ヒュー・コーンウェルの『アナザー・カインド・オブ・ラブ』のビデオクリップを撮るなど国外での活動の場も広がる。また映画だけでなく、シュルレアリストとしてオブジェ、コラージュ、セラミックなどの美術造形作品を多数制作し、妻である故エヴァ・シュヴァンクマイエロヴァーと世界各地で大規模な展覧会を開催するなど、多彩な才能を持つ。

Director’s note

「Lunacy」の脚本を書くにあたっては、エドガー・アラン・ポーの2つの小説からアイデアを得ました。本来ポーとは全く関係のない筋書きに、それらのアイデアを盛り込んだのです。重要な登場人物である「侯爵」はサド侯爵の人物像に影響を受けたもので、彼の実際の台詞も何ヶ所かに引用してあります。

一見、19世紀初めのフランスを舞台とした物語に見えますが、私は時代や場所といった枠を外して、小道具や衣装、撮影地まで特に制限を設けずに撮るつもりです。時代遅れなやり方に見えますが、物語を現代人により身近に感じてもらうにはその方が有効だと考えるからです。物語の大半が進行する精神病院は、現代文明を象徴しています。今、世の中には社会組織について相反する2つの姿勢が存在し対立し合っています。
一方はサド侯爵に象徴される完全な自由を主張し、もう一方は抑圧された全体主義を唱えている。社会の文明化にはこういった自由と圧制との戦いが常に存在してきました。しかし侯爵の唱える自由は、完全な自由主義という「理想」の上にのみ成立するものです。すなわち、必要性が認められたうえで与えられる自由は無意味であり、条件付きの自由など手に入れる価値すらない、という考え方です。しかしすべての文明は、たとえ民主主義を主張している国家であっても、実際には抑圧や操作(広告、金、メディア、警察、軍隊、派閥組織、学校、教会、娯楽や文化など)に頼ることで大衆をまとめあげています。この矛盾は永久に解決することができない問題です。すべての革命は自由の名のもとに始まり、新たな抑圧と操作で終わる。真の自由を獲得したければ、個人的に反逆する以外方法はありません。社会の抑圧に対して、生物学的決定論に対して、超自我に対して、人間を霊的に操作する父なる神に対して。さらに突き詰めれば、私たちの命に限りを与えた母なる自然に対しても抗わなければ、得ることはできないのです。

2004年2月 ヤン・シュヴァンクマイエル